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ヨミモノ(第17話:1/f ゆらぎ)

 

 

 

近頃すっかり陽も高くなり、暖気が台頭し始めた初夏の日和。
クレアミルちゃんが今日中に終わらせるはずの仕事を確認するため、ミル子ちゃんがお家を訪ねてきました。

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 

勝手知ったる他人の家とばかりに上がり込んだミル子ちゃんが廊下を進んでいくと、何やら水の音が聞こえてきます。
クレアミルちゃんが洗面所にいるのかと思ったミル子ちゃんでしたが、どうやら音の出所はリビングのようです。

 

怪訝に思ったミル子ちゃんがリビングを覗いてみると……

 

 

「……クレアミルちゃん? なにやってるの?」
「ん~、ちょっと休憩」

 

 

クレアミルちゃんが椅子に浅く腰掛けながら眺めていたのは、パソコンのディスプレイでした。

 

そこにはロウソクの火がゆったりと揺らいでいる動画が映し出されていて、さらにスピーカーからは小川のせせらぎが聞こえてきます。

 

 

(……え、なにこれ? ヤバい人?)

 

 

まるで違う惑星の生き物を見るかのような目をしていたミル子ちゃんに、クレアミルちゃんはロウソクの火を見つめたまま口を開きました。

 

 

「1/fゆらぎ……って知ってる?」
「エフぶんの1、ゆらぎ? なにそれ?」
「ロウソクの火の揺れとか、小川のせせらぎとか、心臓の鼓動とか、そういうものが生み出す特有のリズムには、人の心を落ち着ける特殊なゆらぎを持つ周波数が存在するんだってさ」

 

 

穏やかな表情でそう語ったクレアミルちゃんの両手は、胸の中心に添えられています。手のひらで心拍を直に感じているのでしょう。

 

一瞬、またクレアミルちゃんが眉唾モノのオカルティックな俗説に傾倒しているのかと思いかけたミル子ちゃんでしたが、
しかし暖炉の火や森林浴が心身の健康に効果的だという話は昔からよく聞きます。

 

なのでミル子ちゃんも頭ごなしに否定をするのではなく、クレアミルちゃんの隣に座ってロウソクの火を眺めてみることにしました。

 

ミル子ちゃんがしばらくそうしていると、クレアミルちゃんが独特の呼吸をしていることに気が付きました。

 

 

「クレアミルちゃん、息止めてる?」
「うん。478呼吸法っていうらしいんだけど」
「ヨンナナハチ……なに?」
「4秒吸って、7秒止めて、8秒吐くっていうのを繰り返すだけの呼吸だよ。自律神経を整えてリラックスできるんだってさ」
「ふ~ん」
「あと腹式呼吸ね」

 

 

それを聞いたミル子ちゃんも、せっかくなのでその呼吸法を実践してみることにしました。
しばらくその呼吸を続けていると、ミル子ちゃんは数字を数えることに集中していて、雑念が消えていることに気が付きます。

 

 

「……ひたすら数字を数えることに意味があるのかもしれないわね」
「そうかもねぇ」

 

 

そうして二人はしばらく、自然の音を聞きながらゆったりと穏やかな呼吸を繰り返すだけの時間を過ごしました。

 

近頃は、せかせかと忙しない日々が続いていたので、こういった時間の使い方をするのは久しぶりのことです。

 

 

「たまにはこういうのも悪くないわね……」
「そうだねぇ……」
「でも今日中に仕上げる仕事はちゃんと終わらせてね……」
「………………」

 

 

この数分後にミル子ちゃんはぐっすりと眠りに落ちたのですが、クレアミルちゃんはリラックスこそすれど眠気は吹き飛んでしまいました。

 

なのですやすやと穏やかな寝息を立てるミル子ちゃんを横目に、クレアミルちゃんはお仕事を再開するのでした。

 

 

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