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ヨミモノ(第16話:心のブレイクタイム)






寒空が剥がれるように舞い落ちた雪が、掃き寄せられた道端で取り残されている今日この頃。
【ハローワールド】に住まうITの妖精さんたちは屋内での勤務が多いので、寒さにも負けず今日も元気です。


そんな妖精さんたちの中でも特に元気なクレアミルちゃんは、自室から窓の外を見上げ、そのつぶらな瞳をおセンチに細めました。


「まだ四時だっていうのに、すっかり陽が暮れちゃったね……この時期は驚くほど暗くなるのが早いよ」


クレアミルちゃんの漏らした呟きに、すぐそばでそれを聞いていたミル子ちゃんがため息を漏らします。


「いいから早くバグ取り終わらせなさいよ。この仕事、今日中に終わらせて送らなきゃいけないやつでしょ?」


その言葉を受けたクレアミルちゃんはピクリと肩を震わせてから、何事もなかったかのように口を開きます。


「……今日という概念は、昨日と明日の間に存在している時間のことを指すと思うんだ」
「言葉は常にケースバイケースで多様的よ。そしてこの場合の今日というのは、先方の営業時間内を指すわ」
「国語辞典に準拠すれば誤用じゃないはず! 正用のはずだよ!」
「正用じゃなくて信用の話をしているのよ」


正用に対して正論で言い負かされたクレアミルちゃんは、観念したかのように窓際からパソコンの前に戻り、うな垂れました。


「まぁ……そうだね。わかってはいるよ、うん。さすがにね……大人だもの」
「割り込みとかトラブルがたくさんあって大変だったのは知ってるけど、それはこっちの都合だもの」
「……引き受けたことを放棄するのは無責任だよね」
「うん、えらいえらい」


神妙な面持ちでキーボードに文字を打ち込み始めたクレアミルちゃんは、しかしすぐに立ち上がって窓際まで歩いていくと、彼方に思いを馳せるかのように黄昏時へと視線を投げました。


「ところで昨日、無責任という概念の定義を考えてたんだけどさ」
「急にどうしたの」
「もちろん『責任感がないこと』だなんて小学生みたいな答えを出したわけじゃないんだ」
「ふぅん? それで結論は?」
「無責任というのは、『自身の主体的な行為に対する他者からの正当な期待を蔑ろにすること』だと思うんだよ。つまり自身の主体性か、あるいは他者による期待の正当性を否定することができれば、無責任という謗りを回避することができるかもしれない」
「仮にそうだったとしても、それは無責任という言葉が別の悪評にすげ替わるだけなんじゃない?」
「……」


無言で窓際からパソコンの前に戻ってきたクレアミルちゃんは、ワイングラスに注がれた琥珀色の液体―――栄養ドリンクである―――を揺らしながら、柔和な笑みを装います。


「子育て……というのは大変なんだろうね。そうは思わないかい?」
「仕事して」
「必ずしも自分の思った通りの子になってくれるとは限らない。だけど、かくあるべしという身勝手な理想を押し付けて矯正や抑圧をする親もいる。理想の型に押し込むだなんて、そんなのはエゴだっていうのに」
「……つまり?」
「プログラムも同じなのさ。最近常々思うんだ―――勝手にこの子たちを生み出しておきながら、自分の思った通りの動きをしないからって、無理やりにそれを矯正して歪めてしまうだなんて、いったい何様なんだろう……ってね」
「仕事しろ」
「はい」


その後もクレアミルちゃんの現実逃避は続きましたが、お仕事は無事『今日』のうちに終わったのでした。

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