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ヨミモノ(第15話:やらない理由探し)

 

「スポーツを始めようと思うんだ」

 

 

なにやら改まった様子のクレアミルちゃんが、突然そんなことを言い出しました。
そんなクレアミルちゃんの宣言に、ミル子ちゃんは冷えた体をホットココアで温めながら首を傾げます。

 

 

「……どうしたの、急に?」
「いやぁ、やっぱり朝から晩までプログラムばっかり組んでると、運動不足になっちゃうからね」
「たしかに私も最近、運動らしい運動なんてしてないわね」
「あー、うん、そうみたいだね」
「どういう意味? ……おい、なんで目を逸らした?」

 

 

ミル子ちゃんの体のどこかを見ていたクレアミルちゃんは、災いの元となる口をキュッと結んでしまいます。
しばらく剣呑な睨めっこは続きましたが、先に折れたミル子ちゃんは軽く溜息を吐くと、話を元の路線に戻しました。

 

 

「要するに運動不足の解消ね。まぁいいんじゃない? でもスポーツって、いったい何を始めるつもりなの?」
「そこが問題なんだよね……ただ身体を動かして疲れればいいって話でもないだろうし」
「社会人野球とか、社会人サッカーっていうのは聞くけど、それはどうなの?」
「そういうのは昔やってたとか、最低限の下地がないと厳しくないかな? 他の人に迷惑はかけたくないんだけど」
「緩いチームなら大丈夫じゃないかしら? でもそういうの気にしちゃう人は続かないかもね」

 

 

チームで行うスポーツの場合はどうしても避けられない問題に、ミル子ちゃんも共感を示しました。
スポーツでも仕事でも、チームで行うのは簡単なことではないと実感しているのかもしれません。

 

その昔、クレアミルちゃんと一緒に仕事をしていたミル子ちゃんが、クレアミルちゃんのバグに巻き込まれてブチギレた事件は、この【ハローワールド】でも有名な話です。

 

 

「そういう意味では、チームじゃなくても相手がいるスポーツは難しいかな? 知り合いと始めるとかじゃないとハードルが高いかも」
「……かもしれないわね。そうなると卓球とかもダメかしら。泳げるなら水泳でも良いんだけど……」
「あんまり泳いだ経験はないかなぁ。でも汗だくになって走ったりするよりは、涼しげでいいよね」

 

 

目にさわやかな青いプールを優雅に泳ぐことを想像して、クレアミルちゃんは好意的な感想を漏らしました。
しかしすぐに無様なクロールでバチャバチャ泳ぐ自分の姿を幻視して、げんなりと首を振ります。

 

 

「あとは社会人のスポーツと言ったら……ゴルフとかかしら?」
「ちょっと優雅すぎない? ゴルフって走ったりはしないよね?」
「鉄の棒を振り回しながら何時間も延々と歩き続けるんだから、いい運動にはなると思うけど」
「そっかぁ。まぁ楽しめるならジョギングとかよりはずっと良さそうだね」
「ゴルフにもバッティングセンターみたいな施設あるじゃない? あそこで試しにやってみて、楽しかったら向いてるかもしれないわね」

 

 

ミル子ちゃんの言葉に、クレアミルちゃんは田舎を歩いていれば一つくらいは目につく例の練習場を想像します。
そして小動物なら死にかねない球が飛び交うバッティングセンターと比べたら、球が動かない分、まったり楽しめそうだと結論しました。

 

 

「あ、一時期話題になってたボルダリングなんてどう? 初心者向けのところも多分あるんじゃない?」
「ボルダリングって、たしか壁を登るやつ? 指とか怪我しないかな?」
「気を付けてれば大丈夫だと思うけど、筋肉痛がかなりひどいそうね。下手な人だと手が動かせなくなるって聞いたわ」
「さすがに慣れてくればマシになるんだろうけど、それだけでも始めるハードルはかなり高いね……」

 

 

テレビでボルダリング特集を見たことがあるクレアミルちゃんは、ちょっと楽しそうだと思って食指が動きそうになりました。
しかし指が命のプログラマーとしては、キーボードを叩くのに支障が出るのは困りものだと苦笑します。

 

と、そこで今まで様々な案を出してくれていたミル子ちゃんが、とてもいい笑顔を浮かべました。

 

 

「……クレアミルちゃん、一つ聞いてもいいかしら?」
「なに? なんでも聞いて?」
「スポーツなんて始める気、全然ないでしょ?」
「あ、わかる?」

 

 

クレアミルちゃんが悪びれた様子もなく笑うと、ミル子ちゃんはがっくりとうな垂れました。
実際クレアミルちゃんも『運動しないとなぁ』という漠然とした危機感は抱いているものの、運動を始めることには消極的です。

 

 

「そりゃわかるわよ……『なんでもいいから運動しなきゃ』なんて言う人に、運動が好きな人なんているわけないんだから」
「な、なんか実感がこもってるね……」

 

 

まるで我が事のようにしみじみと語るミル子ちゃんからは、なにやら悲壮な雰囲気が漂っています。
ミル子ちゃんの家に眠っているダイエットグッズたち(ほぼ新品)が、彼女の心をささくれさせたのかもしれません。

 

 

「まぁ、まずは軽いウォーキングからでも初めてみるのがいいんじゃないかしらね」

 

 

結局、おそらく三日も続かないであろう無難な案を気休め程度に出して、ミル子ちゃんはこの話を締めくくりました。

 

けれども呆れたような態度を見せているミル子ちゃんは、クレアミルちゃんも自分と同類であったことにこっそり安心します。

 

今宵のスイーツも美味しく頂けそうだ……と、一人ほくそ笑みながら。

 

 

 

 

それから数日後。

 

 

「こないだミル子ちゃんが言ってたボルダリングを始めてみたんだけど、すごく楽しいね! 筋肉痛にはなったけど、休憩中にマッチョなお兄さんたちと仲良くなったりして、なんだか続けていけそうな気がするよ!」
「この裏切り者ぉーーーっ!!」
「痛ったい!? なんで!?」

 

 

ミル子ちゃんの唐突なラリアットを食らったクレアミルちゃんは、どうしてミル子ちゃんが泣きべそをかきながら走り去って行ったのか、ついぞ知ることはありませんでした。

 

 

 

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