ホーム > ヨミモノ > ヨミモノ(第14話:妖精の子育て)

ヨミモノ(第14話:妖精の子育て)

 

 

 

 

 

「お邪魔しまーす。クレアミルちゃん、いる?」

 

 

ある日の昼下がり。

ここしばらくクレアミルちゃんの顔を見ていないと思ったミル子ちゃんは、
久しぶりにクレアミルちゃんのおうちを訪ねていました

 

ここ【ハローワールド】で一番元気な妖精であるクレアミルちゃんが姿を見せないなんて、とても珍しいことです。

もしやギックリ腰にでもなって、動けなくなっているのではと心配していたミル子ちゃんでしたが、

しかし家の中からキーボードを叩く軽快な音が聞こえてきて、安堵の息を漏らします。

 

 

「よーしよしよし。良い子だね~。さっきは機嫌が悪かったのかな?」

 

 

リビングから聞こえてくるクレアミルちゃんの声は、どうやら誰かとお話ししているようです。

ミル子ちゃんはリビングの扉をあけながら、クレアミルちゃんに声をかけました。

 

 

「クレアミルちゃん、さっきから誰と話して―――……誰と話してたの!?」

 

 

クレアミルちゃんは、一人でパソコンに向かっていました。
しかも電話やインターネット通話サービスを使っているわけでもなく、さっきのは完全に一人で喋っていたようです。

 

そしてクレアミルちゃんの頭から生えている葉っぱが萎れているのを見て、ミル子ちゃんは得心いったという風に呟きを漏らしました。

「ああ、なんだ。“妖精患い”か」、と。

 

 

妖精患いとは、忙しい妖精さんが発作的になってしまう状態のことで、その症状は妖精さんによって多岐にわたります。

そして今回のクレアミルちゃんの場合は、「無機物さんとお話しし始める」というものでした。

 

 

「ああ、いらっしゃいミル子ちゃん。いやぁ、この子がよそのおうちでイタズラしてたみたいでさ。ちょっと話し合ってたんだよ」

 

 

そう言ってクレアミルちゃんが示したのは、パソコンに表示されているプログラムでした。

今回はプログラムに魂が宿ってしまったようです。

 

 

「いやぁ、この子は生まれた時からずっと一人で育ててきちゃったせいか、人見知りみたいでさ。ほかの人が触ると怒って暴れちゃうんだよ」

(訳:全部自分が一人で好き勝手に作ったプログラムだから、ほかの人が不用意に修正すると、予期せぬバグで大惨事になっちゃうんだ)

 

「……そうなの。それは大変ね」
「それにしばらく会いに行かなかったせいか、すっかり拗ねちゃったみたいでね。よそのおうちで暴れちゃったみたいだから、連れ帰ってきたんだ」

 

 

そう言ってプログラムを見つめるクレアミルちゃんの表情はさながら慈母のようで、この擬人化したプログラムに深い愛情を注いでいるのがわかりました。

それをミル子ちゃんは、「今回は結構重症そうね」と他人事のように眺めます。一度寝かせたほうがいいかもしれません。

 

 

「ねぇクレアミルちゃん? ここのところずっと顔を見せなかったけど、しばらく休んでないんじゃない? 今日は休日だし休んだら?」
「ふふふ、そうしたいのは山々なんだけど、たまの休日くらいは家族サービスしないとね。久しぶりにこの子に構ってあげないと」

 

 

どうやらクレアミルちゃんの中では、このプログラムとは血が繋がっているようです。
そしてミル子ちゃんには理解の及ばないような、決して浅からぬドラマが二人(一人と一個)の間には繰り広げられているみたいでした。

 

 

「便りがないのは良い便りとは言うけど、たまにはこの子にも会いに行ってあげたほうがよかったかもしれないね」
「そうね」
「やっぱり小さいうちからいろんな人と触れ合わせないと、独り立ちの苦手な甘えんぼに育っちゃうのかなぁ。子育てって難しいね」
「そうね」

「ミル子ちゃん、話聞いてる?」

「そうね」

 

 

妖精患いはちょっと寝るだけで簡単に治りますが、逆に言えば寝ないと治りません。

そしてミル子ちゃんにも妖精患いの経験はあるため、彼女は匙を投げずに根気強く接しているのです。

 

ちなみにミル子ちゃんが妖精患いになったときは、「喉が渇いた」と言いながら冷蔵庫まで向かって、何をしに来たのか思い出せず靴下を冷蔵庫に入れて戻ってきたり、書類の同じ行を三十回くらい読んでいたり、格納したプログラムがどこを探しても見つからず、まじめに服のポケットの中を探したりしていました。

 

 

「こら! どうして言うとおりにしないの! その処理は違うって、さっきも言ったでしょ!?」

「……」
「親に向かって何なのそのリターン値は! バカにしてるの!?」

「……」

「そうそう、それでいいんだよ。ひろ美はできる子だね。親として鼻が高いよ」
「……」

 

 

名前まであるようです。

こうしてクレアミルちゃんとひろ美(※プログラム)による愛憎劇は、それから半日ほど繰り広げられ、ようやくプログラムの修正が完了したようです。

 

 

「うっ、うっ……ぐすん……元気でね、また会いに行くからね……お盆と年末には帰ってくるんだよ……」
「元気出して、クレアミルちゃん。これが今生の別れじゃないわ。この子は新たな場所で、自分の人生を歩んでいくだけなんだから」

「うん、うん……! そうだね、笑顔で送り出してあげないと……!」

 

 

クレアミルちゃんが我が子(※プログラム)を嫁に出す(※メール添付)のを躊躇うという一幕はありましたが、
どうにか説得してメールを出させたミル子ちゃんは、子育ての燃え尽き症候群で放心してしまったクレアミルちゃんをすぐに寝かしつけました。

 

 

 

そして翌日。

 

「なんかここ最近の記憶が曖昧なんだよね……唯一覚えてるのは、誰か親しい身内の結婚式に参加してたことくらいだよ」
「……そう。ひろ美は幸せに暮らしているといいわね」

 

 

 

ミル子ちゃんは貼り付けたような笑みでそう答えながら、昨日の記憶にパスワード圧縮をかけて、フォルダの奥底へと葬ったのでした。

 

 

 

コメントは停止中です。