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ヨミモノ(第12話:特別付録)

 

 

 

六月の終わりを惜しむかのように降りしきる送り梅雨が、なにか後ろめたいことでもあるかのように、しとしとと密やかに降り注いでいました。
このような日和であろうと、ITの妖精たちが暮らす【ハローワールド】は今日も活気付いています

 

さて、そんな【ハローワールド】で一番元気な妖精であるクレアミルちゃんは、外で遊べない鬱憤を晴らすかのようにゲームに打ち込んでいました。

 

たまたま暇だったので遊びに来たミル子ちゃんが、ゲームに熱中するクレアミルちゃんを見て目を丸くさせます。

 

 

「あら、クレアミルちゃんがゲームなんて珍しいわね」
「IT雑誌の特別付録なんだ。結構面白いよ」

 

 

そう言うクレアミルちゃんの傍には、『見習い妖精必見! 5分でわかるプロジェクト管理』と銘打たれた雑誌が置かれています。
表紙には『今さら人に聞けない工程管理』、『妖精業界、30歳からの転職』などの文字が躍っており、その中にはクレアミルちゃんの言っていた特別付録についても触れられていました。

 

◎ 特別付録 マネジメント体験型RPG!
フェアリークエストⅧ ―――≪バグと仕様と納期と呪われし風邪気味≫

 

 

「…………断言するけど、これクソゲーでしょ?」
「いやいや! これが意外と面白いんだって!」
「でもキャッチコピーが『見渡す限りのリスケがある』よ? なんかもうすでに胃が痛いんだけど」

 

 

げんなりしているミル子ちゃんに、クレアミルちゃんは「まぁまぁ、見てごらんよ」とゲーム画面を指差します。
そこでは今まさに、主人公がラスボスとの最終決戦に臨んでいるところでした。

 

 

「暗黒企業都市に巣食う数々の魔物を打ち倒し、ついにここまで来たんだよ」
「へぇー……あっ、なんか火の魔法使ってきたわよ。こっちの仲間が燃えてるわ」
「すごい威力だ……! これはまさか、炎の上級呪文、スペゾーマ!?」

 

 

クレアミルちゃんが戦慄しながら漏らした呟きに、まるで待ってましたとばかりにラスボスが台詞を発しました。

 

『今のはスペゾーマではない、スペだ』

 

 

「なんだって!? あれが炎の初級呪文である『スペ』!?」
「いったい何なのよ、その『スペ』っていうのは?」
「スペ系統は炎の攻撃呪文で、開発末期に大幅な仕様変更を行うことにより、こちらのプロジェクトを炎上させる魔法なんだ……!」
「めちゃくちゃ恐ろしい呪文ね」

 

 

ちなみにクレアミルちゃんが言っていたスペゾーマとは、納品当日に仕様変更を行う呪文です。

 

このほかにも、電話で不具合を報告することで相手の背筋を凍りつかせる、氷の呪文『テル』や、
再現不可能な不具合を報告することで相手を疑心暗鬼に陥らせる、混乱の呪文『メチャパニ』など、様々な呪文があります。

 

 

「くっ……もうゲージがほとんど残ってない!」
「この二本のゲージはなに? 残りの体力?」
「一本は体力ゲージで、もう一本は納期ゲージだよ。体力は回復アイテム『栄養ドリンク』を飲みまくればなんとかなるけど、納期は裏技とか使わないと回復しないんだ……」
「どっちのゲージを重視するかで、経営者としての在り方が問われそうね……」

 

 

そうこう話しているうちに、ラスボスが執拗に放ってくる『スペ』によって納期が消し飛び、主人公たちは全滅してしまいました。
どんなに体力が残っていても、納期がなくなればゲームオーバーなのです。

 

 

「あ~あ、負けちゃった。また最初からかぁ……」
「最初から!? このゲームってセーブ機能がないの!?」
「そりゃそうだよ。……人生にセーブなんて無いんだから」

 

 

どこか遠い目をしながらそう囁くクレアミルちゃんに、ミル子ちゃんは死んだ目をしながら「そうね……」と力無くうな垂れました。
じつは続きからプレイすることはできるのですが、その場合はラスボスに負けて社会的信用が失墜したハードモードでプレイすることになります。

 

 

「けど、いくら何でもラスボスが強すぎないかしら? あんなの勝てるの?」
「勝つんじゃなくて、ご納得頂ける製品を納めてご満足して頂くことが目標なんだよ」
「……あ、そう」
「年間売り上げの目標値をセーブすれば難易度は下がるんだけど、そうすると赤字になってジリ貧だからね~」
「せ、世知辛いわね……まぁでも、売り上げは高めていきたいわよね」
「今の方針でも、ちゃんとタスクマネジメントを徹底すれば、戦えないことはないはずなんだけど」
「……どうしよう、ゲームとしてはクソみたいな仕様だけど、ちょっとやってみたくなってきたわ……」

 

 

その後、興が乗って横から口を出し始めたミル子ちゃんを加えて、二人はフェアリークエストを何周もプレイしました。

 

そして数時間後、経営方針の違いによる喧嘩の末に決別、独立起業を果たしたミル子ちゃんと競合したりしつつも、
ついにラスボスとの戦いを制し、プロジェクトを成功させることができたのでした。

 

 

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